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「小農宣言」に言葉の意味を考える (にじ 2019 春号 No.667 オピニオン)

「小農宣言」に言葉の意味を考える

小林 元 Kobayashi Hajime 広島大学
にじ 2019 春号 No.667

 昨年、国連第三委員会は「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」を採択した。いわゆる「小農宣言」「小農の権利宣言」といわれる宣言だ。もちろん、と言うべきか、わが国はその採択自体を棄権している。「企業が活動しやすい国」を作るためには、小農の権利は邪魔者以外の何者でもないからである。
 同時に、国連総会の決議に基づき、2019年から今後10年間は「家族農業の国際連合の10年」である。しかし、この決議自体を知る人はわが国には少ないし、協同組合にかかわる人々の間でも、あまり話題に上らない。

 他方で、国連総会の決議である一連のSDGs(「持続可能な開発のための2030アジェンダ」)については、国を挙げて、ほぼ狂騒曲といってもよい状況だ。およそ持続可能性とは遠い人々までが、SDGsの冠のもとで踊り狂う姿は正視に堪えない。
 そもそも「持続可能な開発」とは一体何か、「持続可能」とは一体何か、そうした議論や共通理解もなく、KeyWordとしてのSDGsが独り歩きしている。問われるのは、言葉の意味であり、その重みではないだろうか。協同組合にかかわる人々も、自身のくらしや営みを振り返るに、そこには矛盾が発見されるはずだ。

 「小農宣言」に立ち戻ろう。ここで言うところの小農とは何か。よくある間違いが、小農をその規模でとらえる話だ。小農=家族農業と勘違いしている人も多い。だいたい小農や家族農業の定義は、狭い学問の世界の中で延々と議論されてきた話であり、いまだに農業経済学や農業経営学などを学ぶ大学生にとっては、頭痛の種である。
 「小農宣言」は、第一条で小農を定義している。定義の特徴的な点は、畜産や漁業、林業、狩猟や工芸品作り、農村地域の関連職業に就くあらゆる人を対象としている点である。さらにプランテーションや養殖場などで働く労働者も対象となっている。

 この小農の定義の含意には、すべからく市場に包摂され、人々の営みと自然環境のすべてが商品化されようとする今日の社会システムと、そこで暴走する人々や暴走するシステムそれ自体への対峙があると読む。そして、「小農宣言」は、それへ対峙する対抗軸の一つとして、自然環境を含む「地域」と、「協同組合」を明確に位置付けている。
 そして、地域という言葉も曖昧だと思う。地域とは一体何か、そして地域と協同組合の関係についても強く問われる。もう一度、襟を正して、真剣に言葉の意味に向き合う必要を強く感じる。