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古里の試練 (にじ 2020 夏号 No.672 オピニオン)

古里の試練

早尻 正宏 Hayajiri Masahiro
北海学園大学 准教授
協同組合研究誌 にじ 2020 夏号 No 672

 2016年公開のアニメ映画「この世界の片隅に」は、戦時下の女性の暮らしを丁寧に描き共感を呼んだ。テレビドラマにもなった作品の舞台は広島・呉。
 それ以来だろうか。今冬、古里の名を久しぶりに耳にした。
 国内最大手の鉄鋼メーカー、日本製鉄が傘下の日鉄日新製鋼の呉製鉄所を 2023年に閉じる。鉄鉱石から鉄を取り出す高炉をもち、製品の加工も手掛ける「銑鋼一貫」事業所の全面閉鎖は異例だという。東京ドーム 30個分の敷地はいずれ更地になる。

 三方を山に囲まれた小さなエリアにはかつて東洋一の軍港があり、戦艦「大和」の建造で知られる造船所、海軍工廠(こうしょう)があった。戦後、跡地には鉄鋼と造船(マリンユナイテッド、旧 IHI)の大型工場が操業。呉経済の「二枚看板」となる。
 だが、戦後日本の高度成長を支えた「花形産業」も中韓の追い上げで経営環境は厳しさを増す一方だ。ただ、年に数回の帰省の印象で恐縮だが、よくいう「地方の衰退」という感じはあまりしない。賑わいの中心が移り商店街は見る影もないが、ショッピングモールには人だかりができている。
 呉経済はグローバル競争の中で何とか踏みとどまっている。そう思っていた。

 今回明らかになったのは、名だたる大企業も生産拠点に手を付けることに、もはや躊躇しなくなったということだ。そこに「地域」の意向が入り込む余地はほとんどない。
 予兆はあった。前身の旧・日新製鋼の高炉は呉の2基のみで他社より規模が劣った。同社は生き残りをかけ、2017年3月に新日鐵住金(現・日本製鉄)グループ入り、2019年1月には完全子会社化となった。高度成長期に整備され老朽化の進む呉製鉄所の命運はこのとき定まっていたのかもしれない。

 鉄と船(と自衛隊)の町にとって試練に違いない。
 バブルがはじけ景気が低迷し、リストラがあった。あちこちにあった社宅はずいぶん減り、生まれ育った団地は分譲マンションになった。業界再編で会社の名前が目まぐるしく変わった。けれど、事業所そのものが失われることはなかった。
 呉製鉄所の従業員数は千人、構内に出入りする協力業者で働く人を合わせると三千人を超えるという。取引業者やサービス産業も含めれば、影響はもっと広がる。

 協同組合にとっても他人事ではない。
 呉のような形で地域経済の中心となる産業がつまずけば、まず、働き手を金融面でサポートしてきた労働金庫が影響を受けよう。買い物客が減れば生協だって苦しい。信用(金融)と共済(保険)が頼みの綱の都市農協も無関係ではいられない。
 協同組合の事業経営は地域コミュニティのニーズに根差す。この地域コミュニティの土台には、住民が安心して働き暮らすことのできる経済の営みが必ずある。地域と協同はどうしても切り離せない。

 山一つ超えたエリアには、もう一つの海軍工廠の跡地に王子製紙グループの製紙工場が立つ。だが、紙も鉄や船に負けず劣らず苦しい。ペーパーレス化が進み紙の需要が減る中で、製紙業の業績には陰りがみえる。
 広大な敷地と大掛かりな設備を擁する「装置産業」が苦境に追い込まれる。呉が映し出すのは、高度成長を引っ張り、ドル・オイル・リーマンなど幾多の「ショック」をくぐり抜けてきた重化学工業都市の明日だ。
 ここから協同組合は決して自由ではない。つらい話ばかりだ。この現実をどう捉え、向き合うべきか。協同組合は重い課題を突き付けられている。

 新しく編集委員となりました。環境保全や資源管理、地域開発をめぐる経済と協同をテーマに、北の地から発信します。