刊行物

協同組合における理念と実践としての事業と経営(にじ 2016年 春号 No.653 オピニオン)

協同組合における理念と実践としての事業と経営

板橋 衛
にじ 2016年 春号 No.653

 調査に入らせていただいた農協において、生活事業に関する様々な組合員対応の業務に従事している職員の方から素朴な悩みを聞いた。この方は年末の時期の業務の中で、食育活動としての「おせち料理教室」を開催し地域に伝わるおせち文化や家族による手作りの大切さを組合員と共に考えたことと、農協の食材・配食事業の一環としての「おせち料理の予約推進」を行ったことがあったようである。この2つの業務内容に関して、自身なりに考えて矛盾するのではないかと疑問を感じたとのことであった。業務を分担すれば行い易い(割り切れる)とも考えているようであった。「組合員の要望も様々ですから」と話を受け流してしまった記憶があるが、何となく気にかかった。

 この場合の考え方としては、生活面に係わる教育文化活動を展開することにより、食と農を基軸とした新たな関係づくりを進め、農協に組合員や地域住民が集まる関係を作って、そのことが結果として生活事業全般にプラスに作用することを狙いとする。協同組合組織としての理念を事業として実践することであるが、その事業のあり方は理念から出発すると同時に経営的に成り立つ必要性も求められる。そこが時として最前線の現場では矛盾として感じられることになるのであるが、これを止揚するのは実践の中での課題であり、ある意味で割り切って業務を行ってはいけないのではないかと思われる。

 昨今の農協「改革」、農協法「改正」そのものに様々な問題があるのは言うまでもないが、農業所得の増大を強調する「改革」論者は、ある面で農業者の協同組合組織である点の理念を突いてきているようにも思われる。問題はその理念の実践としての事業の内容であり、協同組合という経営体としての成立如何である。そういった点で、著しくバランスを欠いていることが「改革」内容の根本的な問題であると思われるが、農協大会決議として「改革」に追随する方向性を系統農協組織が示していることが懸念される。

 とはいえ、こうした理念の実践としての事業のあり方と経営体としての成立条件は、ある観念から導き出されるものではない。生活事業の最前線における職員の悩みでもあり、遡ればロッジデール組合の実践である。そういった点で、これまでも進められてきていることではあるが、今後の農協改革の実践の中で具体的な事業方式が明らかになってくることが期待される。