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Crisis(危機)(にじ 2016年 冬号 No.657 オピニオン)

Crisis(危機)

杉本 貴志
にじ 2016年 冬号 No.657

 過去200年、世界を支配していた国々で激震が続いている。まがりなりにも世界の民主主義をリードしてきたイギリスとアメリカの民主主義が、「移民への憎悪」を起爆剤として、いま危機に陥っているのである。

 EU残留の是非を問う英国の国民投票の結果は、移民問題で扇動し、偽りの数字を並べたてた排外主義勢力の戦術の成功とみるべきであって、民主主義の崩壊としてとらえるべきだと筆者は主張してきたが、同様の主義・主張がアメリカ大統領選でも勝利したことで、そうした見方が正しかったことが証明されたように思う。イギリスでもアメリカでも、この国の国民であることが恥ずかしいという人々が続出し、選挙結果に抗議する暴動一歩手前のデモが続いているが、いくら熾烈な選挙戦の後でも、こんなことは今までなかったことである。要するにこれは、政策の選択といったものではなく、19世紀から20世紀にかけて確立されてきた民主主義=人間が差別なく尊重される仕組みを継続するのか、それともやめてしまうのか、という対立である。

 それでは、もはやアングロサクソンにおける民主主義は終わってしまうのか。希望的観測を交えて、おそらくはそうはならないだろうと筆者は考える。なぜなら、両国民の投票行動を細かく分析してみると、勝利派の分布は地理的にも年齢的にも極端に偏っているからである。とくに30歳代以下の若年層は、今回の国民投票・大統領選挙で敗れた側を圧倒的に支持しており、勝者側の支持者は本当に少数しかいない。白人以外は追放して帝国のかつての栄光を取り戻せなどと絶叫する勢力に、若者たちは呆れ果て、Noを突き付けているのである。こうした次世代の姿を見れば、まだまだ民主主義は健在だと安心もできよう。

 そういう意味で、むしろ心配なのは日本である。中央政界のみならず、大阪などで起こっている事態を見れば、この国も英米の動きと無縁ではないことがわかる。しかも英米両国と違って、日本で右翼化・国粋化の先頭に立っているのは若年層である。インターネットの世界には、彼らによる少数派への罵詈雑言があふれている。

 かつてドイツでユダヤ人がターゲットとされたように、英米では移民労働者が、大阪では公務員や文化芸術団体が社会の敵とされているが、「全農改革」に対する政界の動きや報道のあり方を見ると、いつ協同組合陣営全体が標的にされてもおかしくないと感じる。心してかからねばならない。